過敏性腸症候群

マスクで顔も心も隠していた娘。3年生になったら…

脱・マスク、脱保健室

三年生になって、ひとつ変わった事があった。
マスクをしなくなったのだ。
新学期に入り、2,3日経って「あれ?このまましないで済むようになるのかな?」と思っていたら、担任の先生から電話が来て

担任
担任
「最近マスク、してませんよね?」

母
「やっぱり学校でもしてないですか?」
担任
担任
「してないです!一歩前進ですね!」

 

と、二人でこっそり喜んだ。どんな気持ちの変化があったのか、それからずっとマスクはしていかなかった。
漸く周りに順応していく事ができるようになったのか、私の気持ちも少し軽くなった。

しかし続く、腹痛

しかし、学校へ行っても下痢。
授業中トイレに行く娘。
あまり続くと保健室から電話。

保健の先生
保健の先生
早退させた方がいいと思います。

そうすると部活も休む事になる。
3年になる頃には、周りの子達とも遜色なく楽器が吹けるようになっていた。
しかし、夏の大会に向けて毎日毎日、一生懸命練習しないといけない。
私も「1日休むと3日吹いてないと同じ」と良く言われたものだ。

腹痛で、授業も部活も中途半端。
多分それが本人にとってプレッシャーなのかなと思い本人に聞いてみた。
本人いわく、

弱音娘
弱音娘
「勉強が付いて行けない。もうイヤだ」

1,2年のツケが今来たわけだ。
お腹も痛いし、やる気も出ない。友達ともうまくいかない。約2年間を過ごしてきて、
ようやく周りに合わせる事ができるようになりつつあるけど、勉強の遅れは顕著だった

だから続く、下痢。

家でもよくトイレに籠もり、朝も遅刻して行く事が増えた。

家庭教師を頼む事に

>数学、理科の理数系が激弱な娘をどうにかせねばと、家庭教師を頼む事になった。
最大手の所に電話をし、地元の理系女子大生の先生をお迎えすることに。
私も娘もドキドキだったが、この先生のおかげで娘はやる気を少しずつ出すようになった。

歳の近い先生は、姉のように接してくれ、娘のモチベーションをドンドン上げてくれた
もちろん、バイオリズムが乱高下するタチなので、安定することはあまり無かったが、
やる気が低下した時は先生がグッと上げてくれて私も本当に助かった。
少しずつではあったが、成績は上がっていった。

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その間もお腹はあまり良くならず、薬を飲みながら、トイレに籠もりながら、やり過ごしていた。

地獄の三者面談

そして、定期的に行われる三者面談。
気の知れた担任の先生なので、緊張もせず臨んだ。家庭教師の先生のおかげで、目指せる高校も出来た。
田舎に住んでいるので、選べる高校は本当に少ない。進学校2校に実業高校2校、あとは私立2校。
将来何になるか分からないと言っている娘に、実業高校はどうなんだろう…と思い、進学校を選んではどうだと薦めた。
2校あるうちのレベルが下の高校なら、頑張れば入れるかもしれない。最後の三者面談。
担任の先生も進学校はどうだと応援してくれたが、娘はどうも煮え切らない。

なげやり娘
なげやり娘
「楽に入れるなら、商業高校でいい」

と言い出した。

私は心底がっかりした。

家庭教師の先生も、担任の先生も、こんなにやってくれているのに。
商業に行ったって、なんの目的も無いのに。
楽に入れるからって…。結果は出ず、ため息をつきながら職員玄関を出て先生にお辞儀をし、一歩外に踏み出した石階段。
ツルッと滑って、夜空が目に入ってきた。
でんっ という鈍い音で「転んでしまった…滑って、落ちてしまった…」と認識してしまった。
「大丈夫ですかっ!」と先生の声。知らず知らずのうちに受け身をとったのが功を奏して無傷。

絶望の母
絶望の母
あはは、大丈夫です……。痛いけど、これってかなりヤバイんじゃ?滑るってさ〜〜〜…

と思いつつ
心ない空元気の返事をして、帰って来た。

そして受験!!

娘に「商業に入りたいなら、お母さんにどれだけ商業に入りたいのか、プレゼンしろ」「その代わり、お母さんも進学校を受けるメリットとデメリットをプレゼンする」と言った。
私はネットで調べたものや書類を打ち出し、まとめ、娘にプレゼンした。
娘は薄っぺらな情報のみ。だって楽して入りたいだけなんだもん。
そして私は勝利した。よし!
本人も「大学に行ければ行きたい」との気持ちがあるようなので、納得した模様。そして受験当日。お腹背中腰にカイロを貼り、下痢止めを持たせ、いざ!!
なんとか5時間頑張って、一週間後、合格を勝ちとった

担任の先生、小学生の時から教わっている英語の先生に「合格しました」の電話をし、
わざわざ合格発表を見に来てくれた家庭教師の先生と喜びを分かち合った。先生ありがとう(泣)

お目々キラキラ娘
お目々キラキラ娘
高校生になったら、心機一転頑張る!

と、頼もしい言葉を言ってくれた。本当にこのときはうれしかったなあ。

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